
あらすじ
ペア腕立て伏せは罰ゲームのはずだった。耳まで赤い宿敵が覆いかぶさり、キスはルールになかった。街の案件は次々と消え、相手のCEOは何年も争ってきた男その人だった。宿敵が上司になったオフィス恋愛。
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第1話
「…… っ!」
藤宮晶は、私の身体の上で「必死に」上下していた。耳まで真っ赤に染まり、端整な顔も強張っている。
罰ゲームでペア腕立て伏せを十回やらされているだけなのに、そこまできついもの? 彼のプライドを傷つけないよう、私はその動きに合わせて二度ほど声をかけた。
「頑張って!」
その瞬間、藤宮の身体がびくりと強張った。次いで全身から力が抜け、そのまま私の上へ重たくのしかかってくる。まるで引き寄せられたかのように、色気を帯びた唇が私の唇にぴたりと重なった。
錦ヶ丘で進めていた案件を立て続けに奪われ、チーム内には不満が広がり始めていた。
「チーフ、星輝グループの社長に恨みでも買ったんですか? このままじゃ、私たちもう後がないですよ」
「ったく、向こうの社長自ら乗り出してくるなんて、よっぽど根深い因縁があるんじゃないか?」
「でも、まだ望みがないわけじゃありませんよ。チーフがちょっと色仕掛けを使って、星輝の社長を落としてくれれば……私たちも一発逆転できるかもしれません」
錦ヶ丘は星輝グループのお膝元だ。そして、その星輝グループの社長である藤宮晶は、私の宿敵でもある。
私が錦ヶ丘に来たと知ってからというもの、それまで東亜テクノロジーなど相手にもしていなかった星輝グループが、ことあるごとに私たちの邪魔をするようになった。藤宮に至っては、私――凛堂紗奈が担当する案件には、必ず勝負を仕掛けるとまで言い放ったのだ。
ただし――
私があいつと一夜を共にするなら、話は別らしい……。
まったく、子供じみているにもほどがある!
もちろん、これが私をからかうために藤宮が仕掛けた、くだらない悪ふざけにすぎないことはわかっている。そもそも、たとえ同じベッドで寝たところで、相手はゲイだ。私に何ができるというのだろう……。
四年間の留学を終えて帰ってきたというのに、少しも大人になっていない。それどころか、以前にも増して意地が悪くなっている。
子供の頃の、あんなくだらない出来事ひとつを、何年も根に持つことないじゃない!
目次
17 話
第1話
「…… っ!」 藤宮晶は、私の身体の上で「必死に」上下していた。耳まで真っ赤に染まり、端整な顔も強張っている。 罰ゲームでペア腕立て伏せを十回やらされているだけなのに、そこまできついもの? 彼のプライドを傷つけないよう、私はその動きに合わせて二度ほど声をかけた。 「頑張って!」 その瞬間、藤宮の身体がびくりと強張った。次いで全身から力が抜け、そのまま私の上へ重たくのしかかってくる。
続きを読む第2話
私と藤宮晶は、物心ついた頃から犬猿の仲だった。喧嘩も口げんかも日常茶飯事だ。 藤宮の両親は事業を広げるのに忙しく、朝から晩まで家を空けることが多かった。そのため、藤宮はいつもうちでご飯を食べ、そのまま泊まっていった。 子供の頃の藤宮は、かわいらしい童顔で、今よりずっとかわいかった。母はそんな彼をたいそう気に入り、これでもかというほど甘やかしていた。
続きを読む第3話
藤宮には、確かに自惚れるだけの理由があった。昔から彼に言い寄る女子は後を絶たなかったが、誰一人として例外なく、容赦なく振られている。 私はどうしても納得できず、たった今振られた女の子の寂しげな背中を見つめながら言った。 「あの子、けっこうかわいいのに。ふっくらしてて、触ったらきっと柔らかくて気持ちよさそう」 「ああいう子も好みじゃないの? 晶って、いったいどんな子が好きなの?
続きを読む第4話
腹筋に浮かぶ縦のラインを指でなぞりながら、私はしみじみ思った。学生時代に身についた習慣とは恐ろしいものだ。 あの日から、藤宮は毎日のように私を校庭へ引っ張っていき、無理やり走らせた。大学受験を控えた高校三年の、一番忙しい時期でさえ容赦してくれなかった。 藤宮が海外へ行った時、ようやく悪夢から解放されたと思った。ところが翌日、いつもの時間になると身体が勝手に動き出し、気づけば走りに出ていた。
続きを読む第5話
今の十倍という給料に、私は見事に目がくらんだ。 藤宮は考える暇さえ与えず、すでに用意してあった契約書を取り出すと、私に差し出して署名を迫った。 内心では狂喜していたものの、それを顔には出さない。契約書を受け取り、一字一句じっくりと読み込んでいく。時折、気になる箇所に眉をひそめた。 「この『身の回りの世話』って、具体的にはどこまでが仕事なの?」 私は顔を上げ、警戒しながら藤宮の目をまっすぐ見つめた。
続きを読む第6話
私が風呂に入っている間に、藤宮はおかず四品とスープを食卓に並べていた。 見た目も香りも味も申し分なく、眺めているだけで食欲をそそられる。 私は夢中で料理を頬張り、思わず藤宮に向かって親指を立てた。 「顔がいいだけじゃなくて、料理までこんなに上手だったなんて!」 藤宮の顔が一瞬で赤くなった。私のあまりに率直な褒め言葉に、火傷でもしたかのようだ。
続きを読む第7話
以前、藤宮が私の仕事をことごとく邪魔した一件は、業界内で大きな噂になり、知らない者はいないほどだった。 私が星輝グループへ足を踏み入れると、周囲の社員たちは私の顔を見るなり、そろって「なるほど」と納得したような表情を浮かべた。そればかりか、以前からの知り合いのような親しげな口調で「凛堂様」と呼んでくる。 けれど、その中で柳瀬美羽だけは様子が違った。
続きを読む第8話
それから間もなく、学校行事で春の遠足へ行くことになった。 レクリエーションのゲームで藤宮が負け、罰としてペア腕立て伏せをすることになった。 どういうわけか、私は彼を助けようと思い、自分から相手役に名乗り出た。さっと地面に仰向けになり、藤宮を見上げる。 ところが藤宮は珍しくもじもじしていて、その動きはまるで0.5倍速だった。耳まで真っ赤に染まり、端整な顔も強張っている。
続きを読む第9話
幸い、高校三年の張り詰めた受験ムードが、余計な考えをすべて押し流してくれた。 毎日、山のような問題集と模試に追われ、息をつく暇もない。藤宮の不可解な言動や、美羽から聞かされたあの衝撃的な秘密について考える余裕など、ほとんど残っていなかった。 大学受験が終わると、藤宮は慌ただしく海外へ旅立った。両親が本格的に海外市場へ進出することになり、一家そろってアメリカへ移住したのだ。
続きを読む第10話
午後いっぱい、私は針のむしろに座らされているような気分で、仕事にまるで集中できなかった。 指だけは機械的にキーボードを叩いているのに、視線は何度もパソコンの画面を越え、こっそり藤宮へ向かってしまう。 さっきの光景を思い出すたびに顔がひどく熱くなり、心臓も太鼓のように激しく鳴った。 藤宮にキスされていた、まさにその時だ。社長室のドアが突然開き、その直後、慌てて閉める音が聞こえた。
続きを読む第11話
数秒後、ドアがゆっくりと開いた。戸口に立つ藤宮の顔には、まだわずかな動揺が残っている。 「何の用だ?」 私は深く息を吸い、できるだけ強い口調になるよう意識した。 「藤宮晶、いったい何を企んでるの? 今日、社長室でしたこともそう。それに、さっきは誰と話してたの?」 藤宮はわずかに眉を寄せ、答えを迷っているかのように視線を私の顔の上でさまよわせた。 その時、部屋の中から女性の小さな咳が聞こえた。
続きを読む第12話
「私が気まずがらなければ、気まずいのは周りだ」 その精神で一週間かけて自分に言い聞かせ続けた結果、ようやく星輝グループでも、また胸を張って歩けるようになった。 家でも、藤宮を避けるのはやめた。 その日、風呂から上がった私は、露出の多い涼しげなルームウェアを着て、ソファに無造作に寝転がりながらゲームをしていた。 エアコンの冷たい風が肌を撫で、何とも心地いい。
続きを読む第13話
美羽の話を出すたび、藤宮はいつも話題をそらした。その態度が、かえって私の好奇心をかき立てる。 私は社長との特別な関係まで利用して、人事部長から事情を聞き出すことにした。 人事部長は私を誰もいない一室へ連れていき、声を潜めて話し始めた。 「藤宮社長から渡されたのは、人事異動の辞令だけです。
続きを読む第14話
慌ただしい一日を終え、最後の来客を見送ると、私は大きく息を吐いた。社長室へ戻って、書類を整理するつもりだった。 ところがドアの前まで来ると、珍しく内側から鍵がかかっている。 中から、女性の甲高い声が聞こえた。 「藤宮社長が昔、私にやらせたことだって、人には言えないようなことでしたよね。この条件を受け入れてくださらないなら、社長の秘密を公にしても構いません」 聞き間違いでなければ、この声は美羽だ。
続きを読む第15話
再び社長室へ戻ると、藤宮はすでにいつもの様子を取り戻していた。ただ、私と目が合うたび、気づかれないほどわずかに視線をそらした。 仕事を終えて家へ向かう間も、藤宮は沈んだままで、一言も口をきかなかった。 車内には重苦しい空気が漂っていた。何度か話しかけようとしたものの、何から聞けばいいのかわからない。 家に着くと、藤宮はまっすぐキッチンへ入っていった。
続きを読む第16話
翌日、目を覚ますと、すでに昼になっていた。 カーテンの隙間から差し込む日差しが、遠慮なく部屋いっぱいに降り注いでいる。 立て続けに鳴るスマートフォンの通知音で起こされたのだ。手に取って確認すると、すべて美羽からのメッセージだった。 【紗奈、昨日は感情的になってごめんね。
続きを読む第17話
藤宮は表情を引き締め、真剣な声で言った。 「美羽は、俺がお前だけを好きだと知っていた。それでも俺に横恋慕して、毎日叶うはずのない夢ばかり見ていたんだ。どうしてあいつが社長秘書の座に執着していたと思う? 俺を誘惑するためだ」 「だったら、どうして解雇しなかったの? 辞めさせれば、後腐れもなかったでしょ?」 藤宮の目がわずかに泳いだかと思うと、突然話題を変えた。 「腹が減っただろ。晩飯は何が食べたい?
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