
あらすじ
何年も表向きに潰し合ってきた相手の体に落ちた。身長も会社も、長く隠してきた執着の証拠も、一度の入れ替わりで手に入る。戦いが続くボディスワップ恋愛。
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第1話
日曜の朝。
目を覚ました瞬間、指先にまとわりつく、妙に生温かくて湿った感触に気づいた。
「……何、これ」
ぼんやりした頭のまま鏡を見る。
そこに映っていたのは、見慣れない――いや、見慣れすぎている男の顔だった。
目尻は赤く染まり、少し息を乱している。
蓮の顔。
「……嘘でしょ」
慌ててスマホを手に取る。
画面に表示されたのは、昨夜の「罰ゲーム」の名残だった。
アルバムには、一枚の写真。
私が着ていたCKの制服姿。
蓮が撮ったものらしく、写真は思い切り拡大されていた。
まつ毛一本一本まで見えるほど。
「……まさか」
嫌な予感がして、画面を凝視する。
その瞬間、すべてを察した。
――蓮。
こいつ、私の写真を見ながら一人でしてた。
「蓮のバカ……! この変態!」
思わず吐き捨てた。
けれど。
口から出てきたのは、私の声じゃなかった。
低く、響く男の声。
聞き慣れた、蓮の声だった。
「……え?」
自分の声を聞いただけで、耳の奥がジンとする。
最悪。
本当に、最悪だ。
どうやら私たちは、昨夜のあの「罰ゲーム」のあと、本当に入れ替わってしまったらしい。
しかも今の私は――蓮の体。
身長百八十七センチ。
肩幅も広い。
手も大きい。
何もかもが、自分の体とは違いすぎる。
それなのに。
私は今、この男の体で、とんでもないことをしていた。
……初めて男の体で自分を慰めたせいで、恥ずかしさで死にそうだった。
しかも、勝手が違いすぎて、何が何だかさっぱり分からない。
「……もう、無理」
なんとか適当に済ませ、乱れた服を直す。
そして、ズボンを慌てて引き上げると、私は勢いよく隣の部屋へ向かった。
目的は一つ。
蓮を思いっきり辱めてやる。
普段から何かと私に突っかかってくる、憎たらしい男。
口を開けば私をからかい、何かにつけて張り合ってくる。
そんな蓮が、まさか――。
私の写真を見ながら、あんなことをしていたなんて。
これはもう、絶好の弱みだ。
「ふふ……」
思わず口元が緩む。
いつも私に偉そうな態度を取ってるけど。
今回は私の勝ち。
――そう思っていた。
まさか、このあと。
自分がさらに恥ずかしい目に遭うことになるなんて、この時の私は知る由もなかった。
目次
23 話
第1話
日曜の朝。 目を覚ました瞬間、指先にまとわりつく、妙に生温かくて湿った感触に気づいた。 「……何、これ」 ぼんやりした頭のまま鏡を見る。 そこに映っていたのは、見慣れない――いや、見慣れすぎている男の顔だった。 目尻は赤く染まり、少し息を乱している。 蓮の顔。 「……嘘でしょ」 慌ててスマホを手に取る。 画面に表示されたのは、昨夜の「罰ゲーム」の名残だった。 アルバムには、一枚の写真。
続きを読む第2話
スマホをひっつかみ、勢いよくドアを開けた。 その瞬間、私は目を疑った。 目の前にいた蓮が、「私」の細く白い指でシルクのネグリジェの裾をつまみ上げ、胸元をじっとのぞき込んでいた。 しかも――。 私の顔をした蓮が、真剣そのものの表情で服の中を確認している。 一気に血の気が引いた。 「蓮! 何やってるの!?」 ほとんど悲鳴だった。 蓮はゆっくり顔を上げる。
続きを読む第3話
私は、犬猿の仲だった蓮と――体が入れ替わってしまった。 最初のうちは、私たちもそれほど深刻には考えていなかった。 きっと、そのうち元に戻る。 どうやって戻るのかなんて、さっぱり分からない。 それでもなぜか、妙な確信だけはあった。 「まあ、そのうち戻るでしょ」 「だろうな」 そんな感じで、二人とも妙に楽観的だった。 だからこそ。
続きを読む第4話
大学に入った頃から、蓮のお母さんはずっと私たちをくっつけたがっていた。 卒業後なんて、半ば強引だった。 私をそのまま蓮の会社に押し込み、「社長秘書」として働かせたのだ。 しかも会社の近くに一軒家まで用意して、 「二人で暮らせば、そのうち仲良くなるでしょ?」 なんて、本気で信じていた。 ……残念だけど。 私と蓮は、とことん相性が悪い。 会話は五往復も続けば必ずケンカになる。
続きを読む第5話
高橋執事の仕事は相変わらず早かった。 ほどなくして、私が注文した新しい服が屋敷へ届く。 黒一色のオーダーメイドスーツが三着。 シルバーグレーのシルクシャツが五枚。 カフスボタンまで、無機質な輝きを放つプラチナ製に総入れ替え。 「やっぱり、男はこうじゃなくちゃ。」 私は革張りのデスクチェアに深く腰掛け、足を組みながら満足そうに頷いた。 さて。 次はいよいよ――蓮の彼女探しだ。
続きを読む第6話
通話が切れたスマホの画面を見つめながら、私は思わずガハハと笑ってしまった。 ……ところが。 笑い声が収まる前に、不意に首筋へ冷たいものが走る。 ぞくり、と背筋が粟立った。 嫌な予感がして、ゆっくり顔を上げる。 すると―― 真正面から、蓮の甘く切れ長な瞳と目が合った。 いつの間にかあいつは部屋の入口にもたれかかり、私の体でこちらを見ていた。 シルクのキャミソールは肩から半分ずり落ち、妙に色っぽい。
続きを読む第7話
夜七時五十九分。 予定どおり、屋敷のインターホンが鳴った。 私は鏡の前でネクタイを最後に整える。 「……うん。」 やっぱり、この顔は反則だ。 蓮の端正な顔立ちに、ダークカラーの禁欲的なスーツ。 知的で上品なのに、どこか危険な色気まで漂っている。 まさに――スーツを着た悪い男そのものだった。 玄関のドアを開けた瞬間。 「うっ……!」 濃厚な香水の香りが一気に押し寄せ、私は思わず三歩後ずさる。
続きを読む第8話
リビングは、あっという間に大混乱になった。 可愛らしい女の子はマカロンを差し出し、 「蓮さん、あーん♪」 と笑顔で私に食べさせようとしてくる。 ライダース姿の美女は私のネクタイに指を引っ掛け、 「こっちでゆっくり飲みません?」 と、そのままソファへ連れて行こうとする。 その一方で―― 本物の蓮は、私の顔のまま、見る見るうちに笑顔を失っていった。 いや。 笑顔どころか、額に青筋が浮かんでいる。
続きを読む第9話
結局―― 私が口止め料を振り込み、 恒一が泣きべそをかく女の子たちを連れて帰ることで、この騒動はようやく幕を閉じた。 玄関のドアが閉まる。 静まり返ったリビングで、蓮は腕を組み、ドア枠にもたれかかっていた。 私の顔で。 そのくせ、口元には三割ほどの嘲笑と、七割ほどの冷めきった皮肉が浮かんでいる。 「美咲。」 「お前の頭の中って、太平洋でも丸ごと入ってるのか?」 「はぁ?
続きを読む第10話
楽しい週末なんて、本当にあっという間だ。 気づけば月曜日。 私は蓮の体で社長室に座り、役員たちの業務報告を聞いていた。 ……正直、もう限界だった。 さっきから経理部長の藤原部長が話している「LBO(レバレッジド・バイアウト)」が、呪文みたいに頭の中でぐるぐる回っている。 すると今度は法務部長がこちらを向いた。 「神宮寺社長。今回の事業再編について、どのようにお考えでしょうか。
続きを読む第11話
このままじゃまずい。 せっかく手に入れた最高にラクな仕事を失うわけにはいかないし、 私は将来ものんびり気ままに暮らしていきたい。 そのためにも―― 私と蓮は、生まれて初めて意見が一致した。 勤務中は、絶対に別行動しない。 プライベートでは、お互いの生活に干渉しない。 この二つを、お互いのルールにした。 私はこれまで、蓮を避けるために社長室からできるだけ離れた席を確保していた。
続きを読む第12話
「社長ぉ~~。」 私は蓮の低く響く声をわざと引き伸ばして呼んでみる。 ……うーん。 喉の奥で何度転がしてみても、やっぱり気持ち悪い。 この声で甘えるのは、どう考えても無理がある。 どうやら蓮も同じことを思ったらしい。 眉をひそめ、露骨に嫌そうな顔を向けてきた。 「……何だ。」 「実はね。」 「神崎 奏多……あ、私の彼氏。」 「今度の土曜日、デートに誘われてるの。」 「断れ。」 返事は一秒だった。
続きを読む第13話
「ほら、見たでしょ?」 私は勝ち誇った笑みを浮かべながら蓮を見下ろす。 「会社でのイメージを壊されたくないなら、素直に私の言うことを聞きなさい。」 「私、こういう駆け引きと策だけは得意なんだから。」 「……へぇ。」 蓮の表情がすっと冷え切る。 その目だけが、不気味なほど静かだった。 「やってみろ。」 「望むところよ。」 私は鼻で笑う。 「今日の決断、絶対に後悔させてあげる。
続きを読む第14話
いつの間にか、蓮が私のすぐ隣まで来ていた。 腕を組みながら、まるで面白い見世物でも眺めるような顔でこちらを見ている。 私は勢いよく振り返る。 その声には、はっきりとした脅しが混じっていた。 「……どうするの?」 「約束する? しない?」 蓮は横目で私をちらりと見ただけだった。 相変わらず余裕たっぷりの表情で、肩をすくめる。 「続けろよ。」 「どこまでやれるのか、見届けてやる。」 「……っ。
続きを読む第15話
蓮は、結局デートに行くことにした。 どうやら、会社の幹部たちが連名でこんな嘆願書を出したらしい。 【神宮寺社長、お二人で何をしようと構いません。ですが、どうかオフィスのドアだけは閉めてください! 社員の仕事がまったく進みません! お願いします~~!】 ……まあ、私たちが会社で何をしていたのかは、あえて聞かないでほしい。 そして、待ちに待ったデート当日。
続きを読む第16話
私は腕を組んだまま、目の前の蓮の前を何度も行ったり来たりする。 すると、不意にひとつの考えが頭をよぎった。 私はぴたりと足を止め、そのまま蓮の目をまっすぐ見つめる。 「ねえ……もしかして、私のこと好きなの?」 ここ最近のあいつの言動を思い返せば、答えはもう見えていた。 あれだけ分かりやすい態度を取られて、それでも気づかないようじゃ、本物の鈍感だ。 蓮はごくりと唾を飲み込んだ。
続きを読む第17話
蓮は、はっと目を見開いた。 驚きとショックと、それから隠しきれない傷ついた表情が、そのまま顔に浮かんでいる。 「……なんで?」 思わず漏れた声は、情けないくらい弱々しかった。 「なんでって?」 私は肩をすくめる。 「最初から好きじゃないし」 「それに、奏多のほうがイケメンだし、お金持ちだし、大人っぽくて落ち着いてるでしょ?
続きを読む第18話
二人が向かったのは、この街でも指折りの会員制プライベートクラブだった。 館内は贅を尽くした造りで、天井には巨大なクリスタルシャンデリアが輝き、壁には名だたる芸術作品が飾られている。 行き交う客は財界人や著名人ばかり。 誰もが洗練された立ち居振る舞いで、この場所にふさわしい気品をまとっていた。 昼が近づいた頃。
続きを読む第19話
蓮は遠くにいる私を見つけると、 何か思いついたように目を輝かせた。 そして軽やかな足取りでこちらへ駆け寄ってくる。 「……え?」 次の瞬間。 彼は背伸びをすると、 ためらいなく私の唇へキスをした。 「っ!?」 私は反射的に"彼女"を押し返す。 そして慌てて奏多のほうを向き、しどろもどろに弁解した。 「ち、違う!」 「今のは向こうから急にしてきただけだから!
続きを読む第20話
あの夜、私は夢を見た。 十七歳の蓮がいた。 放課後のバスケットコート。 彼は私のポニーテールをつかんで離さない。 腹が立った私は、持っていたコーラを勢いよく彼のスニーカーへぶちまけた。 よりによって、それは世界限定モデルだった。 蓮は三秒ほど固まる。 そして突然、私の手首をつかむと、 熱を帯びたバックボードへ押しつけてきた。 「朝比奈美咲―― お前、覚悟しろよ。
続きを読む第21話
どうしても、蓮に会いたくなった。 私は裸足のまま廊下を駆け抜け、そのまま蓮の部屋へ飛び込む。 部屋の中には、誰もいなかった。 漂ってくるのは濃いアルコールの匂いだけ。 明かりがついているのは浴室だけで、曇りガラス越しに淡いオレンジ色の光が漏れている。 胸がぎゅっと締めつけられた。 私は慌てて浴室へ駆け寄る。 「蓮、大丈夫――」 最後まで言い切る前に、 目の前の光景に息を呑んだ。
続きを読む第22話
この騒動は、高橋執事の悲鳴によって幕を閉じた。 「ぼ、坊ちゃまが……朝比奈さんに、その……弱みにつけ込むような真似を!?」 高橋執事は老眼鏡をずらしながら、顔を真っ赤にして取り乱していた。 その夜、午前零時。 私と蓮はリビングに並んで正座させられ、 高橋執事から延々と説教を受ける羽目になった。 「男性たるもの、礼節を忘れてはいけません!」 「女性は大切に扱うものです!
続きを読む第23話
薄いカーテン越しに、 朝日が部屋へ差し込む。 私はぼんやりと天井を見つめていた。 懐かしい。 この体の重さ。 この感覚。 腰には一本の力強い腕が回されている。 隣を見ると、 蓮が静かな寝息を立てていた。 長いまつげが頬に影を落としている。 ――戻った。 私たちは、元の身体に戻っていた。 「見とれすぎ。」 突然、蓮が目を開ける。 その瞳には、いつもの意地悪そうな笑みが浮かんでいた。 「っ!
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