第2話 / 全12話

第2話

私は小さな団子を懐へ押し込み、外套で包み、同時にもう一方の手で刀の柄を握った。

「声を出すな」

気息だけで言う。築山の影は、恐ろしく静まっていた。

十息ほど経って、野良猫が一匹「にゃあ」と飛び出し、ぱたぱたと遠ざかる。衣の端は、もうなかった。

猫を見間違えたのか。それとも、あの者は音もなく退いたのか。冬至の宴は賓客が数百、御苑は四方八方に通じている。誰であれ、あの耳であり得た。

背中の冷や汗が、中衣まで濡らしていた。

「母上、どうしたの?」

団子が外套から顔を出す。

「何でもない」

刀の柄を放し、見下ろす。さっきの恐怖が引き、理性が戻る。この出来合いの息子を、冷静に品定めし始めた。

四五歳。眉目は鷹司蓮に十割似ている。微かに上がった鳳眼は、泣き赤くなっても貴種の気を残していた。

似すぎているからこそ、余計に気を付けねばならない。

私を陥れるなら、芝居は徹底する。鷹司に似た子に母上と呼ばせ、明日帝都中へ広めれば、「北鎮侯爵と定国公爵の嫡男に隠し子」という泥がかかる。朝堂で八年築いた鉄漢の看板は、一瞬で崩れる。

しゃがみ込み、目線を合わせた。

「三年後から戻った、と言うなら、試す。三年後の北境、主将は誰だ」

団子はぱちぱちと瞬いた。

「父上だよ。母上が死んで、北境の軍心が乱れて、朝廷が主将を三人送っても抑えられなくて、最後は父上が自分から北へ志願して、ずっと……」

小さな指を折って数える。

「すごく、ずっと」

「でも、最後は父上も、奸臣に殺された」

瞳孔が縮んだ。

この答えは、仕掛ける側には作れない。

鷹司蓮は文官の筆頭、定国公爵家は百年の清流だ。あいつが北境の兵権まで握れば、文も武も一手――満朝の文武が飛び上がる話だ。北境が、誰も行きたがらないほど乱れていない限り。あいつと北境軍に、命の交わりがない限り。

その前提は、私が死んでいることだ。

「二つ目」

目を据える。

「三年後、陛下は」

「皇帝のおじさまが崩御して」

団子は声を落とした。

「新しい皇帝は六つで、老宰相が摂政。母上、西園寺は――」

「黙れ!」

勢いよく口を塞ぐ。

皇帝のおじさま、だと?

皇太后は鷹司姓、蓮の実の姑だ。この子が陛下をおじさまと呼ぶなら、身分は全部噛み合う。鷹司蓮の子であり、皇太后から見れば大甥だ。

手をゆっくり放し、胸へ巨石が乗った気がした。

これが本当なら、三年後の未来はこうだ。西園寺が摂政し、私と鷹司は一族誅戮され、北境三十万の軍は頭を失い、最後は一生いがみ合うはずだった宿敵が、命で拾い直す。

「母上、ぼくのこと、信じてくれた?」

団子が顔を上げ、用心深く聞く。

見ているうちに、おかしいと気づいた。

油紙を抱えた小さな手の、指先が、透け始めている。墨が一滴、清水へ落ちて、糸のように散っていく。

「蓮昭!」

声が裏返った。

「大丈夫だよ、母上」

本人は落ち着いている。手を袖へ縮め、歯を見せて笑った。小さな米粒のような前歯が二本。

「まだ何日かは持つ。父上に、早く近づいてね。一昼夜、一刻も欠かせないよ」

外套に包んで抱き上げ、深く息を吸った。

いいだろう。

鷹司蓮、だな。

いきなり現れた出来合いの息子のため、三年後の一族誅戮のため――

俺は明日、会いに行ってやる。

だが、会うのがあんなに危ういとは思わなかった。

まして、あの犬男が私を見る目が、最初からおかしいとも。