第2話 / 全7話
第2話
傷は重くない。午後には退院した。
病院の廊下で、ガラス戸に自分を映す。
くそ。髪に灯箱の破片、頬に灰の筋。解体現場から這い出してきたみたいだ。
律はさっき、キスしたかったんじゃない。
顔を近づけて、大技を決めたかったんだ。
嘲笑だ!
「夕、薬は揃った。帰るぞ。」
薬局から小走りで来る。コートが一角、風に煽られ、薬袋がぐしゃぐしゃに握られている。なのに顔の笑みは温かく、雪が止んだあとに漏れた光のようだ。
胸が、ふと柔らかくなる。
くそ。昔、密かに好きだったのは、こういう彼だ。
私たち、いつから宿敵になった。
車が雪粒の中をゆっくり進む。助手席に凭れて目を閉じるのに、記憶は勝手に巻き戻る。
高二。彼は十八、私は十七。御堂時雨が転入してきた年でもある。
律は生まれつき人を惹く骨相だ。鼻梁が高く、唇の線がきれい、提出物は学年一。競技のトロフィーが教室に小山になり、行く先々で「瀬川先輩」と呼ばれる。学校では、星に捧がれる月だった。
私は、月に捧がれている側の星だった。
飛び級で彼のクラスへ入る。鞄は彼が持ち、当番は彼がやり、体育の八百メートルでは先に千を走り切り、折り返して横について息を切らしながら笑う。
「夕、疲れたら背負って帰る。」
「夕ちゃん、頑張れ。」
彼は私に怒らなかった。駄々をこねればなだめ、試験が怖ければ飴を突っ込み、指名されれば休み時間の最初に「叱られなかったか」と来る。
少女の初恋が彼に向くのは、普通だろう。
好きなのは私だけじゃない。全校が列をなして好きだった。
私たちは一人の左右の手みたいに仲がよかった——あの中間テストまで。
中間の二週間前、時雨が転入してきた。
顔も成績も、律と伯仲する。転入の日、校長室で特太の線香が何本も上がったらしい。市内の推薦枠、この二人で堅い、と。
試験の二日前、律が突然病む。重い風邪が微熱になり、一回り痩せ、休み時間は卓に伏して咳き、肩甲骨が浮く。
胸が痛くて、休ませたくて、問題用紙を見つめてぼんやりする。通りかかった時雨が立ち止まり、下書きに二筆、点をくれた。
思考が一気に通る。
顔を上げ、親指を立てる。「すごい。」
「まあな。」時雨が笑い、視線が首のマフラーに落ちる。
律がくれた浅杏色の狐柄だ。教室の空調がきつい、凍るな、と。当時は赤ん坊肥が残って白く、マフラーに包まれてマスコットみたいだったらしい。
時雨が手を上げ、ごく自然に髪を撫でる。
「よう、夕ちゃん。」
気づかず、避けなかった。
次の瞬、背中がすうと冷える。
振り返る——律はまだ卓に伏しているのに、目を細めてこちらを見ている。病みの気が陰に押しのけられ、家を盗られた顔だ。
視線が合ったとき、心臓が跳ねた。説明したい。だが彼は顔を腕に埋め、ごく軽く咳をする。見ていないふりだ。
午後、空が沈む。急な雨が来た。
黒雲が低く、雨粒が駐輪場の屋根を叩く。下校のベルと同時に、律は待たず、鞄を背負って雨幕へ飛び込む。
親は目立たせたくない。私たちは徒歩で帰る。彼はそれほど急いで、傘も差さない——最初から持っていない。
校門で固まる。雨が襟へ斜めに入る。頭上が、突然傘に覆われる。
見上げると、時雨だ。
「傘ない? 送るよ。」
雨の中で薄くなる背中を見て、胸が詰まる。どこで機嫌を損ねたか、わからない。
家に着いてだいぶ経ち、三階の屋根裏から向かいを覗く。律の書斎はずっと暗い。
先に出たはずだ。なぜ着かない。
下の手伝いに聞こうとして、視界を人影が横切る——律は全身びしょ濡れ、水から上がった人と大差ない。髪が額に貼り、みすぼらしくて哀れだ。
いつもの彼なら、書斎から一度、目を上げてくれる。
その日は、カーテンを直接引いた。
私に見るな、と。
翌日も路地の口で待ち、鞄を肩にかける。一路、一言もない。
口を開いてみる。「律、昨日……」
「時雨が送ったんだろ。」と言う。
肯定文だ。疑問ではない。
呆然とする。弁解しようとして、横顔を見られ、校門の方を見られる——時雨がそこに立ち、遠くで笑っている。
律の声がさらに冷える。「あいつを見ると、そんなに嬉しいか。」
私たちの関係は、その日から悪くなった。
たとえば、校花の白石璃が誰かに話すのを聞いた。昨夜傘がなくて、律が一本渡した、と。待たなかったのは、璃に傘を届けに行ったからか。
たとえば、璃の手首に暗い赤の競技のお守りが増えた。城西の古寺で求めたらしい。律が風邪の二日前、わけもなく古寺へ行った日と重なる。
たとえば、いつからか時雨と交際しているという噂が立つ。律が欄干に凭れ、はやし立てる連中に気のない声で言うのを聞いた。「あいつは俺の何だよ。聞く資格がどこにある。」
たとえば時雨が留学する日、律との関係が悪くて沈んでいる私に、彼が突然投げた一句。「時雨の出国で落ち込むなら、スタジオのあの件、俺が取る。」
それから水と火になった。相手が先に折れたら勝ち、と思う。
何を、勝ったのか。
窓の外の雪粒が少し密になる。律が暖房を一段階上げ、低く言う。
「着いた。寝るな。降りるとき気をつけろ。」
「喪失」したふりで頷く。心の中ではわかっている——何年も刺さった棘は、抜くとき痛い。
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