第1話 / 全7話

第1話

宿敵と喧嘩した直後、展示ホールの落ちてきた灯箱で頭を打って気を失った。

目が覚めて、記憶喪失を装い、違約金をふんだくろうと決めた。

「あなた、誰?」

彼は目を赤くし、開口一番こう言った。

「お前の婚約者だ。婚約三年。式場も抑えてある。」

私:???

彼:「信じないなら……唇を一口噛んで、味を確かめろよ?」

男、ゲスすぎる。

私はあいつのデザイン著作権が欲しい。あいつは私の口が欲しい!

私と瀬川律は、小さい頃から向かい同士だ。

十八の年、正式に宿敵になった。

正直、両家は旧知、幼なじみ、才色兼備——どう見ても天作の合だ。

なのに、ただ相手が気に入らない。会議では机越しに皮肉を飛ばし、歩くときは半歩ずらす。LINEの表示名は、親が見たら通報したくなるほどひどい。

私の表示名は「クソ頑固デザイナー」。

あいつの私の表示名は知らない。だがこの頑固者の性分からして、ろくな言葉ではないだろう。

今朝の導火線は、とても現実的だった。

国際展示ウィークの総合ディレクター枠。同じ部門に残り一つの席。

半年追いかけた案件だ。予算も露出も足りる。終われば柊木ツーリズム展示部を一気に一軍へ押し上げられる。

申込は昨夜やっと記入した。今朝システムを開くと——状態が「瀬川デザインにより確保済み」に変わっていた。

律が横取りした。

コートもろくに羽織らず、瀬川の最上階スタジオへ飛び込んだ。

外は青っぽく曇り、暴雪警報が携帯に次々飛ぶ。スタジオの中だけは暖かすぎる。図面、サンプル、コーヒーの匂いが混ざっている。

彼は製図デスクの奥で長脚を組み、鉛筆を指で回し、ドアの音がしても顔を上げない。

「瀬川。」申込のスクショを卓に叩きつける。「私の皿から肉を奪って、気持ちいい?」

鉛筆が一瞬止まる。

やっと目を上げる。色の薄い瞳は、不合格のパースを見る目だ。

「柊木夕、枠はお前んちの物じゃない。」

「半年、狙ってた!」

「俺も半年狙ってた。」ゆっくり言う。「先に確定を押した方がディレクターだ。ルールだ。」

こめかみが突突と跳ねる。「最低。」

彼が低く呟く。空調の風に消された。聞き取れない。聞く気もない——聞いても皮肉だろう。

そのとき携帯が鳴る。

アシスタントの声が張り詰めている。「夕さん、御堂家から連絡が。時雨さんの便が着いて、今夜会えます。御堂ツーリズムとの共同キュレーションが取れれば、ディレクター枠は……まだ挽回できるかも。」

スピーカーにして、視線で律をわざと撫でる。

御堂時雨は高校で同じクラスだった。昔の同級生の方が、宿敵と話すより楽だ。

律は「時雨」の三字を聞いた瞬間、椅子から弾ける。

鉛筆がぱちんと卓に落ち、私の足元まで転がる。

「夕、あいつに会うな。」喉が詰まる。「話がある。」

「何。」腰を屈めて鉛筆を拾い、投げ返す。「横取りが正々堂々だって話?」

「違う——」

「行く。」遮って、踵を返す。「あなた、私の何? 口出す資格ある?」

後ろで椅子脚が床を削る。二歩追って、止まったらしい。振り返らない。

瀬川デザインの大門を衝き出ると、風が雪粒を顔に打つ。向かいの市政広告板が揺れ、二階の展示ウィーク予告の灯箱が、固定金具をがちがち鳴らしている。

顔を上げる——金属が弾ける一瞬しか見えない。

重い衝撃が後頭部に入る。視界が白く爆ぜる。

昏倒する直前、最後に映ったのは、律が転げるように飛びかかってくる姿だ。コートの裾が風に煽られ、怒りと焦りが混じった顔。唇が動いている。私の名前を呼んでいるみたいだ。

死んだかどうか確認しに来て、枠を独占するつもりか。

ひどい。

意識が戻ると、先に薄い消毒の匂いが来る。

頭上の灯が白く痛い。誰かが声を殺して話している。断片が耳に入る。

「柊木さんは大事ありません。軽い脳震盪です。しばらくめまいと吐き気が残るかもしれません。安静にしてください。」

「なんでまだ起きない。後遺症は。」

この声は知りすぎている。律だ。急いて喉が細く、尾が浮いている。

医師が一拍置き、気まずい。「……柊木さんは、眠っているだけです。」

気絶を装う私:……

一瞬気絶して、眠ったのは私?

頭が全速で回る。

両親はこの数日、瀬川の両親と雪の温泉へ行っている。家に誰もいない。社食は飽きた。周さんの葱油の和え麺は死ぬほどうまい。もっと大事なのは——仕事を横取りされた、補填が要る。

この気絶、律から一筆ふんだくろうか。

記憶喪失を装い、家に転がり込み、食い、飲み、ついでに違約金を引き出す。完璧だ。

算盤を弾いていると、瞼が不忠にも震える。

看護師が叫ぶ。「瀬川さん、柊木さんが目覚めました!」

くそ。準備できてない!

演技! 女優魂、取り憑け!

ゆっくり目を開け、焦点を「空っぽ」に合わせる。この世界が初めてであるかのように。

律はほとんど弾けるようにベッドへ来る。目の下の青が濃く、襟が皺くちゃだ。廊下に長く蹲っていたらしい。手を眼前で振る。

「夕、これ何本?」

手が残像になる。見えるかよ。

額をふわと支え、声を柔らかく、ちょうどいい茫然を乗せる。

「わからない……でも——あなた、誰?」

空気が一秒、死ぬ。

律が固まり、振り返って医師を睨む。「大丈夫だって言っただろ。なんで記憶まで。」

医師は目に見えて焦り、ペンを指で回し、「おかしい、おかしい……」と繰り返す。しばらくして専門口調を取り戻す。「一時的な記憶の乱れが出ることがあります。過度に心配しなくていい。多くはすぐ戻ります。」

医師に微笑み、律を見る。喪失を確定させるため、もう一度とぼける。

「あなた、誰なの?」

あの瞬間の演技は、芸能界の半分を踏みつけられる。

律が深く私を見る。複雑な目だ。確認しているようで、掴んではいけない機会を掴んでいるようだ。一秒迷い、喉が落ち、言う。

「俺はお前の婚約者だ。三年前から。来春、結婚する。式場のホテルも抑えてある。」

私:???

このゲス、見破って逆に遊んでいるのか。

次の瞬間、大きな手が頭頂に落ちる。掌は温かく、力は壊れ物を扱うみたいだ。

「夕、大丈夫だ。家に連れて帰る。」

ちょっと待て。

私が頭おかしいのか、あいつの頭がおかしいのか。

驚いて見つめる。そこで気づく。目が赤い。目尻がまだ湿っている。泣いたみたいだ。

くそ。外の吹雪が強すぎる。

律まで、風に向かって涙を流している。

視線が驚きすぎたのか、彼は咳払いし、耳先がこっそり赤くなる。

「なんだ、信じないのか。なら……唇を一口噛んで、味を確かめろよ?」

反応する前に、横顔を向ける。耳の根が焼けている。自分で場を円める。

「冗談、冗談。人もいるだろ。」

瞬きする。冗談には、一点も見えない。

さっきから視線が唇に貼りついている。あの顔は、本当に噛みたそうだ。

違う。

私は純粋に、著作権料と違約金が欲しい——

なぜ、口が欲しい感じなんだ。